はじめての神話・象徴ガイド

アートと文学で読み解く 塔が象徴するもの:上昇、孤立、野心、そして隔絶

Tags: 塔, 象徴, アート, 文学, 建築

塔は、古来より様々な文明において特別な意味を持つ建造物でした。天に向かってそびえ立つその姿は、単なる建築物としてだけでなく、多様な象徴的な意味合いを帯びて、アートや文学作品の中に繰り返し描かれてきました。この記事では、塔が持つ象徴性とその背景、そして具体的な作品例を通して、塔が私たちの文化や想像力にどのように影響を与えてきたのかを探ります。

塔の多面的な象徴性

塔が持つ象徴性は、その物理的な特徴、すなわち「高さ」と「孤立」に由来することが多いです。しかし、文脈によってその意味は大きく変化します。

アート作品に描かれた塔

様々な画家が、塔を主題、あるいは背景として描き、その象徴性を表現してきました。

ブリューゲルの《バベルの塔》

フランドルの画家ピーテル・ブリューゲル1世(Pieter Bruegel the Elder, c. 1525/30–1569)による一連の《バベルの塔》は、旧約聖書創世記に記された、人々が天まで届く塔を建てようとして神の怒りを買い、言語を混乱させられたという物語を描いたものです。

ブリューゲルは、この物語を当時のネーデルラントの巨大な建築物(例えば、建設途中の教会や市庁舎)を思わせる形で描いています。画面いっぱいに描かれた巨大な塔は、人間の野心や傲慢さの象徴としてそびえ立ち、その周囲で懸命に働く人々は、やがて訪れる破綻を予感させます。この作品は、人間の限界を知らずに神に挑戦することの愚かさ、そして共同体におけるコミュニケーションの崩壊というテーマを力強く伝えています。

象徴主義絵画と「象牙の塔」

19世紀後半の象徴主義の時代には、「象牙の塔(Tour d'ivoire)」という概念が芸術家たちの間で共有されました。これは、批評家サント=ブーヴがアルフレッド・ド・ヴィニーの詩に触れて使った言葉で、詩人や芸術家が俗世の喧騒から離れ、自らの内面世界や芸術至上主義に没頭する姿勢を指します。

具体的な作品として、フェルナン・クノップフ(Fernand Khnopff, 1858–1921)のような象徴主義画家の作品には、内省的で孤立した人物像や、現実離れした非日常的な風景が描かれることがあり、これはある種「象牙の塔」的な精神世界を視覚化したものと解釈できます。直接的に塔が描かれていなくても、隔絶や内面の探求といったテーマが、塔の象徴性と深く結びついています。

タロットカードの「塔」

タロットカードの大アルカナに「塔(The Tower)」と呼ばれるカードがあります。落雷によって崩壊する高い塔と、そこから投げ出される人々が描かれるこのカードは、既存の価値観や状況の突然の崩壊、予期せぬ変化、あるいは解放を象徴します。このイメージは、物理的な構造物としての塔が、安定性や権威を表す一方で、それが崩れ去る時の破壊的な力をも内包していることを示唆しています。

文学作品に描かれた塔

文学においても、塔は様々な役割と象徴性を担ってきました。

『バベルの塔』(旧約聖書 創世記)

先に触れたように、これは塔の象徴に関する最も古典的で影響力のある物語の一つです。人間の普遍的な言語と技術をもって天に達しようとした試みは、神によって阻まれ、結果として言語の混乱と人間の分散をもたらしました。この物語は、人間の傲慢さがもたらす破滅と、コミュニケーションの不全というテーマを後の文学や思想に引き継ぎました。

『指輪物語』(J.R.R. トールキン)

J.R.R. トールキン(J.R.R. Tolkien, 1892–1973)の壮大なファンタジー小説『指輪物語』には、印象的な塔が複数登場します。例えば、冥王サウロンの拠点であるモルドールの「バルス=デュア」は、悪と支配の象徴として描かれます。また、魔法使いサルマンの塔「オルサンク」は、かつては知の拠点でしたが、サルマンが力を欲してサウロンに与すると、その孤立した構造が悪しき企みの場所へと変貌します。これらの塔は、強大な力、支配、そしてそれを巡る腐敗といったテーマを物理的に体現しています。

『象牙の塔』(概念として、また作品のタイトルとして)

文学史においては、「象牙の塔」は特定の文学運動や作家の姿勢を指す言葉として繰り返し登場します。例えば、19世紀フランスの芸術至上主義的な詩人たちの態度は「象牙の塔」に閉じこもったと評されました。ウィリアム・バトラー・イェイツ(William Butler Yeats, 1865–1939)は、晩年の詩の中で、自らが住んだアビー・レアの塔を孤独な内省の場所、歴史と向き合う場所として描いています。このように、文学者は塔を物理的な場所として、あるいは精神的な状態のメタファーとして用いることで、芸術家の役割や俗世との関係性といったテーマを探求しました。

童話『ラプンツェル』

グリム童話『ラプンツェル』では、長い髪を持つ少女ラプンツェルが、森の奥深くにある窓のない高い塔に魔女によって閉じ込められています。この塔は、主人公が外界から隔絶され、自由を奪われた状態の象徴です。しかし同時に、王子がその塔を見つけ、ラプンツェルの髪を伝って昇るという行為は、隔絶された状況からの救出や、新たな希望の到来を示唆します。塔は監禁の場でありながら、物語の重要な転換点となる舞台でもあります。

塔の象徴性の背景にある文化的意義

塔がこれほど多様な象徴性を持つ背景には、人類の歴史における塔の役割があります。宗教的な建造物としての塔(古代メソポタミアのジッグラト、教会の鐘楼など)は、地上と天を結ぶ接点として、神聖さや上昇への願望を体現しました。城塞や見張り台としての塔は、権力、防御、監視といった意味合いを持ちました。また、科学技術の発展に伴い、近代的な高層建築物としての塔は、進歩、経済力、あるいは都市における匿名性や孤立といった新たな象徴性を獲得しています。

これらの歴史的・文化的背景が、アートや文学における塔の表現に深みを与えています。作品に描かれた塔は、単に物語の舞台や視覚的な要素としてだけでなく、人間の精神、社会構造、あるいは普遍的なテーマ(野心、孤立、探求、崩壊など)を象徴的に表現する強力なモティーフとなっているのです。

まとめ

塔という建造物は、その物理的な特質から、上昇、孤立、力、監禁など、相反することもある多様な象徴的な意味を帯びてきました。これらの象徴性は、ブリューゲルの描く傲慢な挑戦としての《バベルの塔》、象徴主義芸術家が表現する内省的な「象牙の塔」、トールキンが創造した悪の権力の象徴としての塔、そして童話における監禁と希望の舞台としての塔など、古今東西のアートや文学作品の中で豊かに表現されています。

作品に描かれた塔の意味を読み解くことは、その作品が探求しているテーマや、作者が置かれた時代背景、あるいは人間の普遍的な状況について深く理解するための手がかりとなります。アートや文学作品に塔が登場する際には、それが何を象徴しているのか、どのような文脈で用いられているのかに注目することで、作品世界をより深く味わうことができるでしょう。